Xia氏が強く打つと入れるは反対の性質という前提のもとに記事を上げましたが、より適切な表現があると思いますので考察していこうかと思います。

卓球において、広く言えば戦術的な競技全般において、必ず優劣というものが生まれます。
その1点において、1ゲームにおいて、1試合においてどちらかが支配的であり、どちらかがそれに従属的だったと言える(無理矢理言ってしまう)ことができるでしょう。

この際優位である方と劣位である方の2者が生まれ、優位を取る為の技術を出しあい、勝った方が優位である者となります。
故に優位性を奪い合う競技と言い換えることができ、その優位を取るための技術として、「強打」でもいいし、あるいは低く「入れる」でもいい。
しかし、別に低く入れなくても優位性を取ることが出来るのが面白いところ。
それを考察したのが私がかつて書いたスタッツ論。
技術的優位性と精神的優位性の考察から質の高いボールの本質を探る
ただ「入れる」という技術自体が、技術的に優れていなくても、それによって相手の行動を縛ることができるならばその技術が持つスタッツとしては高いものとなる。

途中の考察をはしょれば、「相手の展開を縛ることができるかどうかの視点で卓球を考えた方がより正解が見えるのではないか」という話にしたいわけです。
流石に強打と入れるの対比はちょっとよくわからない(多分ターゲットが中学生なんだろうけれど)
高校生以上には優位性とか展開の縛りとかの視点から、技術の理解を進めることをオススメしたいです。




前置きはこの辺に。
前記事:ローターさん流「ペン粒が要所で2択を通す為の心理戦」
において考察しきれなかった「攻撃的な守備の意味」に関して、すんなりわかるような説明をするならスタッツ論を用いた方がいいのかもしれません。(・・・かなり久しぶりですが)

彼が見せた攻撃的守備は、「相手に攻撃されたから守る」とした守備的守備ではなく、「相手に狙い通りの攻撃をさせることに成功したので、狙っていた守りをする」といった意味です。

守備と聞けばスタッツ低そう、と思われるかもしれませんが、確かに守備そのものの技術的優位性は乏しいでしょう。
ただ精神的優位性は著しく高い。そりゃだれだってぶち抜きをブロックされたら萎えるし、それ以前まで上手くいっていたはずの展開を読み切られてシャットアウトされれば不安にもなる。
それに自分が相手が取れるコースに強打して返ってきたときと、相手が取れないコースに強打して返ってきたときでは、後者の方が返ってこないと思い打っている為に自分の反応も遅れてしまうもの。
更に言えば後者こそがローターさんが得意とする攻撃的な守備の一種とも言える。(相手に決定打クラスのぶち抜きの催促をして、それを狙ってブロック)


ボクシング、といってもはじめの一歩だが、カウンターパンチャー宮田一郎くんは言うのです。
見えないパンチは無意識な相手の意識を刈り取る。意識断ち切れるから見えないカウンターは最強。
って。
来るとわからない技術ほど人は反射で対応するほか無く、予想をさせない一撃は強い。
決まると確信していたぶち抜きが返ってきた時、それはそのままエースボールとなってしまう。


卓球において「見えないパンチ」の有用性は顕著であり、YGやチキータ等の新しい技術も出始めはその技術そのものの威力と、その後の展開が全く読めない為に猛威を奮ったが、徐々にその技術、その技術以降の展開に慣れていくにつれ効かなくなってきている。
張本式のフラット系の技術からの展開も、近しい展開が頻用されているヨーロッパ選手にはあまり効かないし、「速いボールが来るから速く返さないと」として展開を早くすればするほど術中にはまることに気付かれてからは、より遅い展開へとシフトする選手が増えている。

意識されれば(メタが入れられれば)どんな技術、どんな展開も効かなくなってくるものなのだ。

だからこそ、ローターさんの守備の方は極めて心理戦よりだったと言うことが理解できるだろう。

対戦相手の戦型に対し広く効く待ちと技術、その相手に固有で効く待ちと技術のシステムが2系統あるのだから。

相手からしてみれば「俗っぽいなー」と思った次のポイントは「見られてる気がする」と、意識をどちらに向ければいいのか、自分が全面待ちをすべきなのか、それともゾーン待ちにすべきなのか迷いを持たされる。

この迷いが生じた時点で、その人にとって見えないパンチも増えていく。
一発読み切ったブロックで刺すことができれば、あとは待ちを交互にしていくだけでも効果的に相手を疑心暗鬼にさせるのだ。

相手の読みを混乱させるという意味での攻撃的な守備。
言い換えれば、戦術的な観点で攻撃的、精神的優位性が極めて高い守備。
ここまで書けばローターさんの面白さが伝わっただろうか。


さて、この見えないパンチに関してはフラン氏のバカ話をしたくもなる。

「対中学生で見えないパンチを警戒させたと思ったら見えないパンチを打たれたものの、見えないパンチを見えなくしていたのはその中学生でなくフラン氏本人だった~考えないことを考えるという盲点~」

かつて書いた気もするし、フラン氏が自らのバンザイ戦術のミラーをされたお話はフラン氏自身も書いてそう。。まだなら向こうで上がるかもしれないのでこうご期待!




まとめ。

スタッツ論的にまとめれば話が速いのだけれど、強いボールと強く無いボールは強打と入れるでソートすべきではない。入れるにしても、低く入れたなら弱い技とはならないケースも多いのだから。

強いて言うなら、強いボールは明確な意図があるボール、弱いボールは意図が無いボール
ボールの質良い悪いで強い弱いを決めるのは本質的にはナンセンス。
質の低いボールも読みが入れば強いボールに化けるのだから。

ローターさんは精神的優位をひたすらに取りに来るメンタルブレイカ―。
死んでいるようにみえて生きているボールを巧みに操る。
・・・この表現はかっこいいのでバルサミコ自画自賛です。