最小単位を作り、それに足し算していくべきで、その最小単位がどれほど小さいかがその人の持つ技術の幅を決める


と私は考えているが、どうもこの考え方を本当の意味で理解されるには、実際に3Hitから技術を作るか、他ジャンルでそうした考え方を用いて成功しなければ難しいのかもしれない。

様々勉強をしていて、とてつもなく難しい問題の多くは、莫大な情報量があって初めて成り立つ問題か、情報をこれでもかと引き算して作られた問題が多い気がする。

それこそ数学なんかに至っては2~3行の説明があって、東大・京大レベルだと○○を証明せよ、○○の軌跡を示せ、なんて一見簡単に見えるが、その実背景知識なり解法なりを知らなければ題意をくみ取ることさえできない。また、あまりに文章があり設定が細かく、全体像がイメージし辛くてわからないなど。
その一方でセンター数学みたいに前提条件と誘導がしっかりあって、10行を超えるも流れに乗れば簡単に満点が取れたりもする。

こうした長ければ長いほどわかりやすいが、誘導を一切省けば難解に思えることの例として、他には漫画やアニメなんかもあるだろう。

哲学アニメと呼ばれて名高いエヴァンゲリオンは設定説明を省き、監督の思想をこれでもかと詰め込んだ作品であるが、神話なり聖書なりに精通していればある程度はわかる・・・らしい。

またまどマギなんかも裏に西洋絵画のエッセンスが盛り込まれていて、見る人が見れば一話にして落ちまで推測できるほどだと。

山田玲二原作のシカーダでも、元は長々としたセリフも削りに削って一言にし、言いたいことの全てを詰め込んだなんてのたまっている。


こう聞けば自分の理解していることのほとんども、どこまで背景を知っているかで本当に理解できているか疑う必要があり、なかなかに骨の折れる作業が必要となる。
医学でもこれはエグイと思い、入学時から半ば割り切ってきたが、今では本当の理解をしようとするならば解剖・生理学だけでなく、生物学・遺伝学にも造詣が深くなければならないと気付き、完全に割り切っている。もはや無理だ。

こうした「○○を知れば○○が知れる」といった考え方は、
「練習をする際も○○をすれば○○を練習できる」、
「試合でも○○をすれば○○の展開になる」
など、原因結果を理解し、より正しい評価をする為に必要だろう。

最小の練習で最大の効果を得るならば、正しい理解と正しい評価が必要だ。

こんな偉そうなことを3月の間ほぼ毎日言ってきたが、最後の3日間で3Hitにまつわるとっておき記事を連続であげる。

是非とも私が言う妄想が良いか悪いか、正しく評価されたい。