先日、中高の同級生と6年ぶりくらいに地元にて卓球をしてきた。
温泉卓球や、コーチとしてなら今も続けているようで、ボールの当て感があり、ラリーも続くし楽しく卓球をできた。

その面子の中でもまだ選手寄りに卓球をしているのは私くらいのもので、強いボールなりバックドライブなり点数を取る技術は私の方がまだいいもの。

両サイドにバックドライブなり、フォアぶち抜きなりすると「それうてんのかー」と言われて気分がいい…わけもなく、いやいやこんな高いボール貰えば振り方しっかりしてれば打てるだろうよと冷静に思えてしまう。


しかして、久しぶりに皆で、となると楽しいもの。



大方大学で、それも6年もやっていたわけだし私の方が強くなっててしかるべきではあるが、高校時に試合をした彼らとの卓球の質を比較するとどこが差として生まれたのか明確にわかる。

明らかに言えるのは私の方がチャンスボールの幅が広いということ。

浮いたボールは全部打つし、浅くて勢いのないボールもチャンスボールになりうる。
彼らがツッツキをするボールは私は起こせるボールであるし、ツッツキをされたら全部強打にして返すことができる。

ただ高校当時の私も彼らと同レベルの卓球で、起こすというよりかは強打と起こすの中間くらいのドライブを一本打って、あとは下がってカーブで引き合いくらいしかネタが無かった。

レシーブはチキータやフリックのバリエーションも無かったし、ツッツキでしのぐほかなかった。 

要は大学で強打でいける範囲を拡張し、相手に強打させないような技術を磨いたと言える。




 強いって何だろう


A選手とB選手がいた際、強い方に必ず言えることは何か
それこそが前述したもの、一般化して言えば「得点できる範囲が広く、得点させない範囲が広かった」ということではないか。

今回強調していいたいのは「範囲」という表現を用いていることである。

強いボールがあるから強いのではなく、強いボールを強いボールが打てる時に打てるから強い。
強いボールが打てる条件を作るのが上手いし、なんならその条件も広い
相手に打たせないようなボールを送るのが上手いし、そういったボールで返せるボールが多い。
 

得点できる範囲、得点させない範囲が広ければ、試合は勿論優位に立てる。


オール練習やゲーム練習の意義としては主にこれにあると私は考える。
勝つこと、点数を取ることも重要であるが、自分が得点できる範囲を広げる為のミス、相手に得点させない範囲を広げる為のミスはただ点数を取る以上に有意義である。

勿論、ただミスをするだけでは意味がない。
そのミスの意味を理解し、次につなげることができる思考力があってこそ、ミスは有意義となる。

同じミスをただ繰り返したり、なんともなしに考えもなしに繋ぐ卓球をしていてはこういう思考に至ることはまずないであろう。

六年も昔にさかのぼれば、ブロックや軽打で繋ぐことに終始していた私も、上記のような意識をもって卓球に取り組めば、繋ぎのボールがドライブや中打になったり、コース読みをしてストレートぶち抜きで狙うことを本線にしつつ両ハンドでかけ返す等、ラリーにストーリー性を持たせられるようになった

完全に意識の問題である。


普段の練習の際にボールの質を高めるだけでなく、適応を広げるということは打法改善や思考を深めることができ、有意義なものである。

今回私が地元の旧友と卓球をし、「ボールの質」「ボールの適応」に言及されたことで改めて適応を広げる為の方法を考察すべきだと再認識した。 

例として適応を効率的に広げる方法として私が普段行っているのは、自分がオール中に打ちにいって打てなかったボールを同じ条件を再現し、もう一度出してもらい、納得がいくまで繰り返すことである。
これはオール中にしか見つけられないし、相手が色々なボールを意図的に出してくれる場合でなければ成り立たない練習かもしれない。

しかし、私が普段練習していた先輩方はきっつり付き合ってくれたし、ミスをしたら繰り返し出すというのは、お互い暗黙の了解であると口を出さずとも意思疎通できていた。 

ただミスしたから繰り返しそこを狙って点数を取るとして、図らずも同じ練習ができた後輩もいたが、なかなか稀有なものだろう。

あとは適応を広げられるのは多球練習くらいか。


これくらいしか思いつかないが、今後他にも考えがまとまったら上げていこうと思う。


まとめ

強くなるには
得点をする「質」「適応」
得点をさせない「質」「適応」