指導方法の因数分解

前回記事の続き。


「フォアドライブを強くするためにどうしたらいいか」

この問いに対してあなたならどう答えるか。

・体をめいいっぱい使う。
・腕を前に振る
・しっかりためる
・打つ瞬間に力を入れる

これくらいのものだろうか。どれも一般的に言われ、どれもあっていること。

私であればより具体的に教えた方がチェックポイントが多く、ミスをした際にも上手くできた際にも確認しやすいだろうから、面移動、関節運動、スイング方向、3Hitあたりを中心にして教えていく。

実際はどれも総合的に見れば「強いボールを打つため」という同一な目的をもっているわけで、最終形も同一であったりする。



それ故に、以前感覚からいってもいかなくても上手くなる人は上手くなるといった記事を上げた。
感覚は大嘘~唯"感覚"論へのアンチテーゼ~



人によっては刺さるアドバイス、人によっては刺さらないアドバイスが存在する。

そこで、私が今回提言するのは、アドバイスの細分化をする癖をつけたほうがいいのではないか、ということ。

私と、共に研究するメンバーで会ってよく話すのは「○○の言っていることの本質って何なんだろう」といった内容。

つまりは多くのアドバイスは一番教えたいことを教えているのではなく、あくまでそのアドバイスで偶然正しいことが成り立ってしまっているのではないか、と疑っているのである。

以前ツッツキが上手くいく条件を考察したが、本来よく言われるツッツキ指導法としては「バウンド直後」を取るとした、初心者にはただただ難しい高難度なものだった。
だが、バウンド直後を取ることが目的になり、正しいツッツキでなくなる人も多くいる一方で正しいツッツキとなる人もいる。つまりは、バウンド直後を取ることで感じることが人それぞれであり、かなり感覚的な指導法であった。


そこでツッツキ指導記事でドモルガンばりに下手な作図をした。
初心者指導経過③ツッツキ指導:よくある指導法は本当に合っている?

今回このような図にして、指導内容の本質を探るのは有用ではないか、と思い以下の式を考えた。

E(Element)A×EB×EC…EX=results

当たり前の話だが、多くのアドバイスで成り立つ結果は足し算引き算ではなく、掛け算割り算に近い。
いいアドバイスでいきなり上手くなることもあれば、いきなり悪くなることもある。

今回着目したいのはこのelement、要素である。
よくあるアドバイスと、私の考える適切なアドバイスはこの要素のサイズが大きく異なる

よくいう体を大きく使う、といった表現の場合、体を大きく使うとしかとらえられなかったとすると、使える関節全てを使い、要素ABCDEFと使う人もいれば、腕と腰だけを使い要素ABCと満たす人もいる。

その人のフォームでいいドライブを打つ為に、要素ABCのみを満たせばいい人であれば、その表現で、それもたまたまその時に腕と腰だけを使えた人であればそのまま伸びるかもしれない。
だが、次に膝を使えだとか、股関節を使えだとか言われ、下半身である要素DEを使った為、打点から何までくるってしまい、それまで使えていた腰と腕すら使えなくなり総崩れした、となればもう直しようがない。一からしなければいけなくなる。
だが、体を大きくつかえ、と下半身を使え、しか言われていないのだから、自分では調整できず、誰かにマンツーマンでもしてもらえなければ暗礁入り。それも自分でイメージするスキルが無かったら、卓球なんてつまらなくなる。

私の考える適切なアドバイスは、要素のサイズをなるたけ小さくし、要素A、B、Cと細切れに教える。
それ故にできない時、できる時の差もわかりやすく調節がしやすい。
複合的な関節運動単体では教えず、それぞれで教え、単体で使っても入ることを教える為、どうしようもなくわからなくなっても、最悪入れるだけならできる。
だが、細切れに教えるためある程度の暗記は必要であり、感覚的に大きく等ではなく論理で理解しなければならず、理解されない限りはできないというデメリットがある。


調節がしやすく、細切れな為どこを強調すればいいかわかりやすい、というのが教え方としてはベストとは考えるが、理解させることができないと始められない。


さて、よくいう全国区の上手い指導者というのはどうだろう。

大方要素ABC、ABD等複合要素を教えるのに長けていると思うが、如何せんできない時のフォローアップの幅が広い。


多種多彩な表現で必要要素を満たせるアドバイスをすることができる。
それで選手にハマるまで言い続ければそれはそれでOKと思う。感覚的にきっちり理解できるならば。


しかし、地方で有名指導者もなく、自分で考えて教えようとしなければならないのなら、そうした有名指導者のアドバイスを細かく因数分解し、そこに含まれる要素を抽出して考察を続ければ、自分でも多種多彩な表現を生み出せるのではなかろうか。 


アドバイスを鵜呑みにする、のではなく、その本質をそのアドバイスの含む最小単位にまで細分化して考察する。

これをしようとしている人はなかなかいないだろう。

少なからず、その最小単位はかける、弾くといった感覚でこれまで補われていたが、それよりも細かい単位として、3Hit的思考、もとい関節運動での考え方があると私はかねてから提唱している。
それ故に新たに思いつくことも多々ある。


だが、弾く・かけるといった感覚や3Hitに依存しなくても、自分の中で最小単位としてのものがあるならば、それに基づいて考えても自分自身の上達にはつながるかもしれない。 

だが、選手にそれを伝える際、その指導者の考える最小単位が理解されなければ、上達は見込めないだろう。

私は「相手は医学生だし関節運動は理解しているし最小単位足りえるだろう」とこれ以上ない最小単位で指導をしてきて、「体が固くて関節運動できませんというナナメ上の回答を受けた来た」わけだが、体が柔らかい非医療関係者には指導は円滑にいくという稀有な事案を体験している。

「理解されるむずかしさ」と「実現できないむずかしさ」はどちらも難しい。 

ただ、理解させるのは経験と努力によって指導者はなしえることができる。
だが、実現できないむずかしさは、関節の硬さをほぐしてあげることは指導者には不可能である。当人の努力でしかなしえない。

それ故に最近の私の課題は、ガッチガチの体でも満足に卓球ができる方法はないかということ。
だが、これこそ答えが出るわけがない。体を柔らかくすれば済む話だもの。

全ての関節がガッチガチにかたくて、アメトークの運動できない芸人レベルに動けない人に教える最小運動単位が見つかったら、是非とも教えて欲しい。