※構築か知識か 続き



大方対応力不足、といった俗な表現で片づけられる事象であるが、そんなことをするからレベル差が生じてしまう。


そこで私はできない人にこう問うのである。

「なんでできないの?考察して。」と。

大体返ってくる答えは「わかりません」 

いやいや、自分でやってるのにわかりませんはなくないか?
さらに私は問う。
「何を意識してやってるかはわかるでしょう?」 

大体返ってくる答えは、その技術の内、一番の肝の部分のほんのかすってる部分だけである。

どうやら、意識していることは、私が教えたポイント5つのうち、自分がその時できなかった際に教えた追加のピンポイントの一部くらいだけだった。

こんなことがめちゃくちゃ多いのが私のいる環境ですよ。。

はて、そうした時は再び指導を開始。
もう一度、一から技術を教え直す。
背景説明から、その技術のポイント5つくらいにまとめて~

そうすると
「なるほど、わかりました」
とかえってきて、その瞬間はよくなる。
以前試合で使えなった条件は多少克服する。
だが、他の条件で攻められると、また入らなくなる。 
質問する→「わかりません」

この繰り返し。。。


そう、私の周りは技術構築をして覚えるタイプよりも、知識として丸暗記するタイプが多いわけだ。 

さすが国立医学部、頭の出来はよろしいこと。暗記はめっぽう大得意、単語200個一晩で覚えてこいくらいなら朝飯前の連中です。

だからこそ、実学的なことにめっぽう弱い。

物事をイメージして、ストーリー立てて、一から計画する。

何もないところから生むスキルはあんまり無い。
イベントを何かしようと考えた時に、有事の準備は全然できないタイプは多いもの。

こう見ると暗記だけのバカじゃんか、と思われるかもしれないが、暗記は強い。

だからこそ、論理を理解させて分岐も全て教え、全部暗記させてしまえば勝負はできる


だけれど肝っ玉が据わった人が少数派だから、なかなか緊張で、、、、とか言われ私の思う通りに行きません。



ここまで身内をdisっておいて何がいいたいかと言えば、考える癖をつけた方が卓球は上達しやすいということ。

それも考え方が非常に重要で、分岐と対応は必ず考えるべき。
技術一つを教わった際も使える条件を理解し、その適応を広げていくように練習しなければ全く使える技術にはならない。

どんどんできることを増やしていかなければ、気付いたら年数がかさみ、相手にちょっと早いボール打たれたら終了の卓球、反撃しようとすれば自滅するなんてもはや何も考えてないに等しい卓球になってしまう。

そんなんつまんないでしょう。 

理想を言えば、
暗記するのは技術習得の時のみ
論理構築するのは習得した技術の適応を広げる時と、新たに技術を習得する時、というか常に。


こうすればどんどん面白くなるはずだし、私は卓球が非常に面白い。

だけれどなかなか伝わらない。


今の私が中学生の時の私に同じことを教えたらどうなるんだろうとたびたび思う。


たぶん、今の自分を神だと思うに違いないんだろうけれども。

・・・自画自賛甚だしいですね。