物事を考え答えを出すとき答えの導き方は大きく分けて二つある。

それは、論理を構築して解く方法と、知識で解く方法である。

大学受験をしたことがある人ならわかると思うが、数学や物理なんかが特に顕著で、問題文から論点を読み取りストーリー立てて解ける問題もあれば、標準問題でパターン一発の問題があったりする。
パターン一発の問題なんかは理解のいい人であれば、知らなくとも最初からそのパターンを導いてしまい、こいつは頭がいいなぁと思った経験のある方も多いと思う。

こんな解き方が違っても答えが一緒なんてケースは往々にしてあるもので、絶対解が存在しない問いにでさえあったりする。
医学の世界においても、患者個人の病態を事細かに追っていってわかる答えと、ベテラン医師の経験則でろくに追わずともわかる答えが一致しているなんてこともある。(こう表現すると多少語弊が生じるが、一度はそうした論理構築した経験もある中で、一度考え抜いたことがあるから、そうした手順を省略して、知識で解いてると言いなおすべきか。)
その一方で、追わなかったからこその間違いが生じ、答えが間違うケースもあると言っておかなければならない。


要は毎度のこと考えているか、 これまで考えたことがある知識と同一だからなんともなしに答えがわかるのかということ。

こうした構築していくスキル、知識からいくスキルというのは卓球を考える上では非常に重要である。


私が新たに何か技術を教える際には、おおよそ以下の手順で行う。
1.その技術のやり方と背景、全体像を教える。
2.実際にやってみて、手順をしみ込ませる。
3.ダメなところをさらに重点的に細かく直す
4.手順を確認させ、覚えさせる。
5.ある程度の場合分けを再び教える。
6.色んなボールに対してやってみさせて、ダメな時にできていない条件を教える。
7.手順、条件、思ったことをノートにまとめさせる。
   もしくはブログにまとめておくから見て置くようにといい、私がブログを書く。
   もしくは私が文章化して、まとめたのをLINE

技術を教える際は、一緒にその技術を構築していく過程を踏む為、なぜそうするかわかるように工夫しているつもりだが、それでできる人とできない人、試合でできなくなる人が生じてしまう。

できない人の場合、再現性の乏しさが原因であったり、私の考察不足が原因だったりするからしょうがないかもしれない。
 

ただ、試合でできなくなる人は正直どうしようもない。

緊張して、手が先にでちゃう現象に陥ってしまうようだが、そういう時にボールをよく見えていない。
だからといってボールが見えて緊張しなくてもできなくなったりしてしまう。
オール練習でも途端にできなくなっていたり。
私は常々疑問に思う。「これはなぜだ」、と。


※続きは5/3投稿予定